ご存知、熊本市の中枢の熊本市役所周辺の今と昔です。明治期には今の市役所の場所に「熊本監獄署」があり、今とは全く違った雰囲気のある場所だったようです。坪井川と厩橋を挟んだ向こう側の現在の熊本城稲荷神社のある、「梅屋敷」には当時、火力発電所があり、ここから市内各所へ電気が送られていたと言うことです。同じ明治期は、熊本市は九州の中心として整備され、一大官庁街が形成されていきました。大正期になると草葉町の白川公園の向かいにあった市役所が現在地に移転、監獄署は大江村渡鹿(とろく)(熊本市渡鹿7丁目)に移転、当時花畑町に駐屯していた歩兵二十三連隊も大江村渡鹿(とろく)(熊本市渡鹿)に移転、上水道の完成、花畑町周辺の区画整理、市電の開通と、熊本市は一気に近代化の道を突き進むことになります。このあたりは空襲の影響をもろに受け、鉄筋コンクリート造りの建物を除き、焦土と化しました。戦後は熊本市の中心地、商業地として発展をし、現在に至ります。

左側の写真をじっくり見ていただくとお分かり頂けると思いますが、「下通1丁目2番地」となっています。地名は下通ですが、この通りは「城見町通り」となっており、歴史を感じさせる地名となっています。大洋デパートの看板を各所に確認することが出来、大洋デパートが隆盛を誇っていたことを伺わせる1枚です。ちなみに写真は昭和40年の写真です。

坪井川の上に架かる、「厩橋」の写真です。撮影年代がわからないんですが、恐らく昭和40年くらいだと思います。よく見てみると、看板の設置されている建物はこの当時と同じ建物のようです。写真の左側には「熊本城稲荷神社」があり、奥にちょっと見えているのは「県立美術館分館」です。


古写真の著作権は東洋ネオン、現代の写真は熊本市電写真館に帰属します。

引用元:東洋ネオン様熊本市内下通のページより

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