健軍町、熊本市の東の副都心に当たるところです。元々は健軍と書いて、「たけみや」と読むのが正しい読み方です。健軍の歴史も古く、近くに阿蘇の伏流水が湧き出る、江津湖などがあることから縄文や弥生時代から人が住んでいたようです。元々は農村でしたが、昭和20年に三菱重工の重爆撃機工場が出来、一気に人口が増え、都市化が進みました。同年、工場に勤める工員のために水前寺終点だった市電が健軍まで延伸されました。当時水前寺駅からは現在の小峯まで国鉄の引込み線もあり、交通もかなり便利なところだったようです。工場に隣接している、現在の長嶺から月出の国体道路東西線の位置には飛行場もあり、そこから攻撃に飛び立つ爆撃機の姿も見られました。戦後になると宅地化が進み、陸上自衛隊の西部方面総監部の設置、健軍飛行場跡地には健軍空港が開港しました。後に現在地に空港が移転し、1999年の熊本未来国体に合わせ、国体道路東西線と南北線が開通しました。
健軍商店街、昭和38年当時は今と違ってアーケードも無く、かなり開放的な感じだったようです。戦後の昭和28年6月26日に起こった白川大水害の影響もあってか、熊本市の市街地が西部に比べて標高の高い、東へ東へと伸びていった様子を伺い知ることが出来る1枚です。市電も接続しており、利便性が高かったのも人口が増えた要因なのかも知れません。近くには陸上自衛隊健軍駐屯地や陸運局、熊本城内の二の丸から移転してきた県立第二高校などもあります。第二空港線や国体道路東西線などもあり、交通量もかなり多いところです。

古写真の著作権は東洋ネオン、現代の写真は熊本市電写真館に帰属します。

引用元:東洋ネオン様熊本市内のページより

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