熊本市中心街の南端に位置する新市街と辛島町の今と昔の風景です。新市街近辺は元々「山崎練兵場」があったところで、現在の花畑町からの一体は広大な野原となっていました。大正期の熊本市近代化三大事業の一つである「歩兵二十三連隊渡鹿(とろく)移転」が完了。花畑町から辛島町にかけて本格的な市街化が始まり、現在のようになりました。道幅は当時から今の道幅だったそうで、大正期に整備された道路としては破格の幅だったそうです。「山崎練兵場」の名残として、現在も「山崎町(やまさきまち)」と「練兵町(れんぺいちょう)」と言う地名が残っています。新市街はそれ以前から映画館街として隆盛を誇っていました。最近は郊外に多数立地するシネマコンプレックスの勢いに押され次々と映画館が閉館。現在は1館のみ営業を続けていらっしゃいます。

市電の軌道の位置自体は変わってはいないようです。今と明らかに違っているのは現在のサンロード新市街アーケードの真ん中を車が走っていることでしょうか。

こうして見ると新市街もだいぶ雰囲気が変わっています。

現在の熊本市産業文化会館の場所には「熊本市勧業館」が建っていました。開館当初から勧業館地下食堂のハヤシライスが人気で、勧業館がなくなった今は崇城大学市民ホール(熊本市民会館)内の「勧業館食堂」で食べることが出来ます。

正面の建物は旧熊本市産業文化会館です。老朽化と花畑町再開発に伴い2009年3月31日に閉館しました。これから再開発ビルが建つ予定です。中にはNHKや劇場なども入るそうです。

思わず懐かしいと思われる方も多いと思います。「銀丁百貨店」の看板が印象的です。戦前は銀丁百貨店の洋食食堂が九州随一の規模誇っていましたが、戦災で焼失してしまいました。当時の新市街にはまだアーケードも無く、真ん中を車が走っています。左寄りには「九州日日新聞社」の建物を確認することが出来ます。(この当時既に熊本日日新聞社になっていました。)戦後専売公社の工場が県庁になり、その県庁も昭和40年代になると郊外の出水に移転。跡地には東洋一の規模と言われる「熊本交通センター」が「岩田屋伊勢丹」と共に開業しました。その岩田屋伊勢丹も2003年には「くまもと阪神」となり、現在は「県民百貨店」となっています。

辛島町再開発の一環で立体駐車場がオープンしました。このあたりはこれから再開発が行われ、景色が一変すると思います。マウスオーバーで2004年の写真が見れます。

 

 

 

よくみると市電春竹線が分岐しているのがわかります。

かつてはここから南熊本駅前へ伸びる市電春竹線が分岐していました。その春竹線も昭和45年(1970年)に廃止となりました。

 

「味の公楽」跡地には東急インが建ちました。

 

 

昔も今も辛島町電停の乗降客はとても多いです。昔は辛島公園がバスターミナルとして使われていたそうですが、交通センターが開業してからは市電の電停と離れ離れになってしまいました。その交通センターも再開発でこれから変わるようで、出来るだけ電停にバスターミナルを近づけると言った構想もあるようです。

 これから再開発でまた景色が変わりそうです。そばには1日6,012便が発着する巨大バスターミナルの熊本交通センターもありますので、ターミナルとしての機能を生かせるような再開発をして頂きたいですね。

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◆ここからは現代の写真。辛島町・新市街周辺の写真を掲載しています。辛島町からは離れてしまいますが、下通(しもとおり)やシャワー通り、洗馬橋、新町の写真も掲載しています。記事中に「くまもと阪神百貨店」が登場しますが、2011年2月に「県民百貨店」に名前が変わりました。

 

下通(しもとおり)アーケード内部の様子。このあたりは2009年にアーケードが架け替えられました。夜はLEDのイルミネーションが綺麗です。それらの電力は全て太陽光発電で賄われています。

 

下通にはこういう椅子も設置されています。実はこれよく出来ていて、「座れますが寝れません」。酔っぱらい対策も万全です。

アーケードも高くなり、これまで以上に開放的になりました。

 

アーケードの床面や壁面からはミスト(人工霧)も噴射されます。

 

木も植えられています。

 

この木も癒しを与えます。

 

床面から噴き出すミスト。子どもがこれで遊びます。

 

 

 

かなりの勢いです。携帯電話などの電子機器には影響を与えないそうですが、これだけ勢いが強いと・・・。

シャワー通り。直進すると白川と国道3号線です。

サンロード新市街の様子。

 

サンロード新市街は幅がとても広いのでアーケードの真ん中でイベントもあっています。

辛島町電停に停まる市電0800系。

辛島町交差点を右に曲がります。

信号待ちの市電。奥に見えるグレーの建物はRKK熊本放送の建物です。

辛島町を出発し市役所方面へ行く市電。

辛島町電停から辛島公園、交通センターにかけて巨大な市営の地下駐車場があり、そこには地下道も併設されています。サンロード新市街から県民百貨店や交通センターへ行くのはこの地下道が便利です。

泉の広場で〜♪でお馴染みの熊本交通センター。泉の広場には観音様がいらっしゃいます。昔は文字通りもっと広かったんだそうです。

交通センターのイベントスペース「センターコート」です。

ここではイベントが頻繁に開催されます。熊本は鉄道よりもバスの方が便利で、交通センターも鉄道駅並みの規模を誇ります。パノラマ

取材当時はくまもと阪神百貨店の8階で東急ハンズのトラックマーケットが開催されていました。

イベントを告知する看板。

 

桜町名物の「福がえる」です。触るといいことがあるかも?これも2003年にくまもと阪神がオープンすると同時にお目見えしました。

辛島町電停から市電に乗ります。

辛島町交差点の様子。

ほっかほっか亭の広告電車。

熊本駅方面へ行きました。

つづいてやって来たのは洗馬橋電停。

お気に入りの写真。2010年12月に開催したTwitter電車「ツイトレイン」沿線見所案内ページのトップを飾った一枚です。

洗馬橋といえば狸です。あんたがたどこさ、ひごさ、ひごどこさ〜♪

新町方向を望む。

熊本中央郵便局前のポストには狸が居ます。この衣装はすぐそばの第一高校の生徒さんたちが着せ替えをされているそうです。

この当時は法被を着ていました。

名前は「せんば郵太」くんです。

洗馬橋。今は坪井川周遊船の発着場が設置されています。

洗馬橋電停から西辛島町方向。

この取材から約半月後には熊本に秋の訪れを告げる「藤崎宮秋の例大祭」が開催されました。このお祭りも1,000年以上の歴史があるそうです。

旧町名の案内。

電車が停まったらこんな感じになります。

狸を眺めてみる。

次は春日・熊本駅

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古写真の著作権は東洋ネオン様、現代の写真は熊本市電写真館が所有しています。現代の写真は2010年8月末に撮影。

画像及び文章の無断転載を禁じます。(C)Toyo neon&Kumamoto-city Transportation Museum.

 

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